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詩 『 ホタルブクロ 』
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  背丈ほどもある虫捕り網を持って
  きみとふたり 川縁を歩く
  傾く夕日は川面をキラキラと流れ
  少し俯きがちにぼくの後をついてくる
  きみの頬を赤く染める
  
  「ねぇ、ホタルブクロって
   どうしてホタルブクロっていう名前か知ってる?」
       
  峠に近づいた頃
  そーっと葉を揺らすそよ風のように
  か細い声できみがそう聞くので
  ぼくは振り向き
  少し考える風にして
  首を横に振って「知らない」と答える
  ホタルブクロの花は
  ぼくの家の庭にも咲いているので
  その花の形や色はよく知っているが
  その花の由来までは知らなかった
  
  「どうしてホタルフクロっていうの?」
       
  蛍峠の近くで
  きみがホタルブクロの話をするから
  きっとに関わりがあるんだろうと
  興味深々の目でぼくはきみを見つめる
  もうとっくに
  山の向こうに消えたはずの夕日は
  きみの顔だけは照らしていて
  一瞬合った視線に
  きみは瞳を揺らめかせ
  夕日の沈んで行った方向を見つめ
  「昔はね」と話し始める
  
              「昔はね、電力発電っていうものがなかったの
               電力発電で作られる電気がなかった頃だから
               もちろん室内灯も街灯もなかったわ
               昔はね
               灯りとしてロウソクを灯して
               行灯というものが使われていたの
               だけどね
               それは裕福な人だけしか買えない
               とても高価なものだったの
               一般庶民の人たちはね
               夜になるとすぐに寝ていたの
               だって
               真っ暗な部屋では何も出来ないでしょう
               でもね
               貧しい人たちも
               本を読んだり、絵を書いたり、みんなでお話をしたかったのよ
               そこで一般庶民の人たちはね
               みんなでいろいろ考えたの
               行灯のような灯りを灯せないだろうかと
               それで考え出されたのが、ホタルブクロなの
               紫色の薄い花弁の中にね
               掴まえてきたを数匹を入れて花弁の端をくくると
               ほらっ、の入った花の袋が出来るでしょ
               それから、ホタルブクロっていう名前が付いたのよ
               ホタルブクロの花は小さくて
               中に入れるは数匹しか入らないから
               行灯みたいに明るくはないわ
               でもね
               それまで真っ暗な夜しか知らなかった人たちには
               とっても明るい灯し火だったの
               ホーッ、ホーッって光るの灯りで
               本を読んだり、絵を書いたり、みんなでお話をしたりして
               夜のひとときを楽しんだそうよ
               を掴まえるなんて可愛そうと思うでしょ
               大丈夫よ
               夜のひとときを楽しんだ後には
               はみんな無事に帰されたそうよ」
       
  どっぷりと日も暮れたころ
  ぼくらは峠に着いた
  ひと休みにふたり肩を並べて腰掛けると
  そよそよと吹いてくる草の陰に
  ホーッ、ホーッっと
  が十数匹光っているのが見える
  ホタルブクロの行灯が揺れ
  そろそろとやって来て
  ほの灯りできみの顔を照らし出す
  「かわいいね」
  ぼくがそう言うと
  の光はぱっと消えて
  きみの瞳を
  夜闇の中に吸い込んでしまった
  
  峠は
  ホーッ、ホーッっと
  光るのほのかな灯りに包まれて
  しばらくぼくらは
  言葉もなく見つめていた
  持ってきた虫捕り網は
  足下に置いて

詩集 ホタルブクロ
by dreaming_star | 2004-07-14 21:05 |
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