ある日の日記 『 子猫 』
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 僕は公園が好きで、よくブランコを揺らしに行く。砂場やジャングルジムには、いつも子供たちのにぎやかな声が響いている。
 その日も、子供たちは歓声を上げて走り回っていた。僕はいつものように公園を横切り、ブランコのある場所に向かった。そして、片隅に転がる小箱を見つけた。風に吹かれ雨に晒されて、大きな風穴のあいたふやふやの段ボール箱だった。その時は、段ボール箱の中に何かあるな、と思ったくらいで、あまり気にも留めなかった。

 翌朝、散歩に出かけると、新鮮な空気に包まれた公園には、早起きの鳥たちが挨拶を交し合っていた。細い陽光に照らされたベンチは、散歩途中に立ち寄る幸福の場所、僕のお気に入りの場所だ。
 ふと、昨日見つけた段ボール箱が気になり、ブランコの横に見に行くと、かさこそと段ボール箱が動いた。「うん?何かいるのかな?」中をよく見てみると、小箱ににうずくまる白い毛並みのようなものを見つけた。「なんだろう、あの白い毛のようなものは。」そっと段ボール箱に近づき、恐る恐る段ボール箱の中を覗いた。

 威嚇するうめき声をあげる子猫が、その小箱の中で、小さく丸くなってこっちをにらんでいる。少し怖いなと思いながらも、小さな子猫のふわふわの毛と、真ん丸な眼があまりにかわいかったので、僕は身を屈めて、手を差し伸べてみた。「さぁおいで、こっちへおいで」恐る恐る差し伸べる両手は、いつ引っかかれるかと、ヒヤヒヤ、ビクビクしながらも、子猫をいつでも受け止めることの出来る態勢で差し出した。

 子猫は毛を逆なで、警戒の眼差しで見つめてる。「さぁおいで、こっちにおいで」僕は、そうやさしく声をかけながら、両手をいっぱいに広げて、子猫を見つめ返した。当分の間、子猫は僕を睨み、威嚇する声をあげ続けた。声もかすれ、唸るような声をあげても、まだ子猫は、僕に近づこうとはしなかった。

 僕は子猫に差し出した手を引っ込め、子猫に向かって話した。子猫には言葉は通じないと思いながらも、その子猫の心に語りかけるように、やさしい声で話し始めた。
 「君は、お母さんと離れ離れになってしまったんだね。そして、誰からの愛情も与えられず、今まで育ってきたんだろうね。寂しかっただね、こんなにまで声が嗄れてしまって。悲しかったんだね、こんなにも顔の毛がぐしょぐしょになってしまって。まだこんなに小さいのに、独りぼっちで、本当に寂しかったんだろうね。でもね、もう大丈夫だよ。君には僕がついている。今日から僕と君は友達だよ。だから、こっちへおいで。その小箱から出て来て、僕の傍においで。」

 子猫は少し不思議そうな顔をして、しばらく僕の顔をじっと見つめた。真ん丸の目をさらに大きく見開いて、僕を観察するように見つめていた。僕も子猫をじっと見つめた。にっこりと笑って、何にも怖くないよ、という顔をして、子猫を見つめ返した。
 子猫は躊躇いながら、一歩踏み出した。「さぁおいで、こっちにおいで」子猫の足を止めないように、僕は子猫を励ました。「さぁほら、もう一歩、踏み出してごらん」もう一歩、子猫は踏み出し、僕に近づいて来た。それから、一歩、また一歩と子猫は足を踏み出し、ようやく僕の目の前までやって来た。

 僕はすぐにでも抱き上げたい気持ちをぐっと抑え、子猫に友達としてのあいさつをした。「はじめまして、子猫ちゃん。今日から僕と君は友達だよ。よろしくね。」そして、僕は、子猫にそっと手を差し出し、子猫を抱き上げた。やわらかく、ふわふわの子猫の毛が、気持ちよく、僕の腕をくすぐる。子猫は、温かみを帯びて来た体を少しよじらせ、僕の目を見上げて、「にゃお」となくと、真ん丸の目を次第につむり、僕の腕の中でまどろみ始めた。

 あれから、10年もたったんだな。僕は公園のブランコを揺らしながら、あの日のことを思い出していた。子猫は満足そうな顔で眠っている。今ではすっかり大きくなって、両腕では支えられなくて、膝の上になってしまっているけれど、10年来変わらぬ、お気に入りの場所である、僕の腕の中で気持ちよさそうに眠っている。
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by dreaming_star | 2004-03-09 23:29 | 日記
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