今読んでいる本
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■この本読んでいます

 金子みすゞ ― 生誕一〇〇年記念 別冊太陽 ― 日本のこころ
 監修 矢崎 節夫

 最近私は、友人から借りたこの詩集を読んでいます。
 この詩集は、2003年4月、金子みすゞの生誕一〇〇年を記念して発行されたものです。
 今年は2004年ですよね。一年前に発行されているものを今ごろ読んでいるの?
と思われるかも知れませんが、発行後間もなく友人が購入したと聞き、「貸してね」と言った手前、自分で購入するのは気が引け、まして、「早く貸してよ」と督促など出来ない小心者の私は、友人が貸してくれるのを心待ちにしていたのです。
 先日、その事を忘れていなかった友人に貸りて、漸くこの詩集を読んでいるのです。


■金子みすゞについて

 本名金子テル。明治36年(1903年)山口県長門市仙崎(当時大津郡仙崎村)に生まれました。大正12年6月頃(20歳の時)からペンネ-ム「金子みすゞ」で詩を作り、雑誌に投稿を始めました。初めて投稿した詩が『童話』『婦人倶楽部』『婦人画報』『金の星』四誌に一斉に掲載され、西条八十から「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛され、当時の童謡詩人たちのあこがれの星となります。
 しかし、26歳の若さでこの世を去ったためその作品は散逸し、幻の童謡詩人と語り継がれていましたが、童謡詩人・矢崎節夫氏の16年間にわたる献身的なみすゞ探しにより、没後50年余を経た1982年512編の遺稿集が発見され甦り始めました。
 そして、2003年4月、生誕一〇〇年を記念して、数多くの特集や催しが行われました。


■金子みすゞの詩を読んで

 金子みすゞの詩を読んでいると、自然の美しさ、人のぬくもりを感じます。
 みすゞの視線が捉えられたものは、日常誰しも眼にしているものです。
 その日常の中に捉えたみすゞの視線は、対象となるものへの鋭い観察力と洞視力を持ち、
小さなものの中にも、大きな世界が存在することを証明しています。
 そこから広がる世界が、みすゞ独自の宇宙のような広がりを見せ始めると、こころの中にじわりじわりと浸透し、本来人として持って生まれたこころの眼とあたたかさのようなものを感じるようになります。

 みすゞの視線と私たちの視線、どこか違うのでしょうか。
 それは、みすゞの視線が子供の視線と同じだからだと私は思います。

 例えば、道端に菜の花が咲いているとします。私たちは菜の花が咲いているのに気付くでしょう。菜の花がきれいに咲いているなと思ったりもするでしょう。急ぎ足で通り過ぎる場合は、気付くことさえしないかも知れません。
 しかし、菜の花に気付いても、気付かなくても、私たちは菜の花がそこにあるという認識をするだけで、それ以上なにもしません。普通はそうでしょう。

 しかし、みすゞは違ったのだと思います。菜の花を見つけたみすゞは、きっとこのような行動をとったのではないでしょうか。
 道端に咲く菜の花を見つけると、地べたにしゃがみ込み、菜の花の中をじーっと覗き込む。
その菜の花の中にあるおしべやめしべの付き方、蟻や蜜蜂が花粉をいっぱい足に付け花から花へと移動する様子をじっくり観察し、小さな虫たちを愛情の優しいまなざしで見つめていたのだと思います。

 現代社会に属する私たちは今、子供の視線を失っています。その視線により、自然の美しさ、大切さを教えてくれるもの、それがみすゞの詩だと思います。
 ありふれた日常の中にあるしあわせを見つける達人だからこそ、没後70年余りという月日が経った今でも、みすゞの詩は多くの人のこころを感動させるのでしょうね。


■金子みすゞリンク

金子みすゞを尋ねて

 金子みすゞに興味がありましたら、上のリンクを訪れてみてください。
 みすゞの詩や長門市仙崎や下関での旅行記が読めます。
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by dreaming_star | 2004-02-25 21:18 |
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